物が少なくてがらんとした我が家はなかなか快適

私は毎日、まだ家族が誰も起きていない早朝、クラシックを聞きながら食事作りをする。
特別クラシックが好きと言うわけではないのだが、なぜか早い朝の時間だけはクラシックが良いと思うのだ。
日中も一人でいることが多い私だが、この朝の一人の時間は格別だ。
凄く贅沢な時間のように思えてくる。
我が家は一戸建て。
小さくてこじんまりとした家だ。
でも、家具もほとんどなく廊下も少ししかない。
天井が異常に高く、階段は一般的なステップよりもかなり大きく作ってある。
吹き抜けの玄関。
夏は特に涼しくて快適である。
しかし冬はけっこう寒い。
このがらんとした室内は、本当に開放的である。
物が少ないので掃除もしやすい。
物がないのはとても良いことだと私は思う。
身軽であり無駄が無いのだ。
掃除に費やす時間も、かなり節約できているのではないだろうか。
CDを一枚聞き終える頃に家族が起きてくる。
主人は職場に行く。
子供は学校だ。
こんな風景をもう何度も見てきたはずなのに、毎朝思う。
今日も一日無事であるようにと。
でも、夕方はそんな心配はまるでない。
それどころではなく時間に追われているからである。
「ただいま」とおおきな声で子供がランドセルを背負って帰って来る。
「ただいま」と申し訳なさそうに静かな声で話すのは、夜遅く帰って来た主人だ。
ごく当たり前のこんな風景を、私はずっと見ていたい。
でも、それもいつか見られなくなる日がやってくるだろう。
「ただいま」、「おかえり」が言えるこの日々は、きっととてもとても幸せでかけがえのないものなのであろう。
もちろんそれをよく分かっている。